2014年8月19日火曜日

松島と仏教

松島と仏教

湾内に点在する島々が織りなす景色、桃山様式を今に残す瑞巌寺の建築物、そして瑞巌寺を再興した伊達政宗の物語、いずれも松島の魅力です。

しかしながら仏教ファンとしては自然と寺院建築だけではなく、風景に溶け込んだ僧の姿が欲しいと思います。



いにしえの頃、こういった洞窟では僧が修行している姿が見られたのでしょうか。




ここで唐突ですが真言宗の高野山は熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録されています。地元紙河北新報に連載中の「21世紀の空海」(高村薫)(2014年4月20日付)によれば

ケーブルカーには英語とフランス語の案内が流れ、欧州を中心に年間3万~4万人にもなる外国人観光客のために宿坊の僧侶たちは英語を話し、朝夕の説法を英語で行う寺もある........
 町には真言僧を養成する専修学院や高野山大学もあるので、いたるところで僧侶やその卵たちに出会う。 かくして名実ともに日本のどこにも例のない宗教都市となっているのだが、それでも少しも重々しくないのは、観光都市の側面があるせいだろう。

とあります。すばらしいですね。

瑞巌寺、正式名称松島青龍山瑞巌円福禅寺は現在臨済宗妙心寺派の寺ですが、慈覚大師による開創以後の430年間は天台宗の青龍山延福寺として真言宗と同じ密教の寺でした。

 下記の本「瑞巌寺誌」によれば、同寺衰退の原因は僧侶のモラル低下によるものだろうとのことです。加えて「北条勢に追放された天台の僧徒は大いに怒って海を渡り、福浦島に立て篭もり...呪詛の勤行を百日間行った。」とあるので天台宗にとってみれば決して名誉なこととは受け取っていないでしょうが、衰退の遠因はいろいろとあったことでしょうし、仮に他宗であったとしても衰退は避けられなかったことなのかもしれません。

西暦1200年代前半までの430年間瑞巌寺は天台宗の寺であったのです。そのころの寺はどのような雰囲気であったのか、僧侶達はどのような修行をしていたのかと想像してしまいます。


当時はこんな様子でこんな修行風景だったろうという示唆を現在の天台宗からもらえたら有り難いですね。


宝文堂出版発行 村山泰応著 増補改訂版「瑞巌寺誌」

天台宗の僧侶がどのような修行をしていたのかを推測するよすがとして下記の本を参照してみました。摩訶止観は中国の天台大師(536~597)があらわしたもので、
「禅の思想に整然たる体系付けを試み、禅の思想にまず大きく10の目盛りをつけ、その一つ一つをまた10に分けて、あたかも一尺のものさしの表を見せるような方法で禅を教えているのが、この摩訶止観10巻である。」
 とあります。

岩波文庫 関口真大 校注 「摩訶止観(上下巻)」

内容全体を把握する力は自分にはとてもありませんが、上巻P78には次のようにありました。
身には、常坐を開し、行、住、臥を遮す。あるいは衆とともに処(お)るべきも、独りなればいよいよ善し。一の静室あるいは空閑の地に居て、諸の喧(けん)どうを離れ、一の縄狀(じょうしょう)を安んじ、傍らに余座なく、九十日を一期として結跏正坐(けっかしょうざ)す。項(うなじ)・脊(せぼね)端直にして、動かず揺がず萎まず......
ここからは坐禅する修行僧の姿が浮かんでくるように思います。摩訶止観には坐禅だけでなく念仏や陀羅尼などの修行法についても解説されているのですが、坐禅はその中でも最も大事な修行と位置づけられているようです。

瑞巌寺の近くには雄島があります。雄島を紹介しているサイトによると
中世の松島は「奥州の高野」と称される死者供養の霊場でありました。 橋を渡り道を左に曲がって短いトンネルをくぐると、三方に岩窟のある崖とわずかばかりの平地があります。ここは見仏上人が、法華経60,000部を読誦した見仏堂の跡で、奥の院といわれた場所。現在でも薄暗く、見仏上人は、この場所で12年間もの長きにわたって修行を続けました。
とあります。 東日本大震災で壊れた渡月橋の再建後に撮影した写真を示します。










ひそかに思うのは、瑞巌寺を禅宗修行の拠点として再興しながら観光と両立できないかと言うことです。現在ある瑞巌寺修行道場の雲水は数名程度であると聞きますが、この数が仮に数百人であったら町の風景はどう変わるでしょうか?

さらには観光客の希望者には、例えば上の写真にある砂浜で早朝の坐禅会を催すとか。

雄島を純粋な修行の場として立ち入りを制限し、観光客は僧の修行に差し支えない程度離れた場所からは修行僧が坐禅している様を望むことができるようにするとか。

禅宗仏教系の大学の協力を仰いだり。定期的に法話を聴ける講演会のために後援者を国内外から招待するとか。

精進料理+写経+坐禅+読経の体験コースを組むとか。

臨済宗の本部から全面的な支援も必要でしょう。そういえば以前このブログで紹介した「臨済禅師1150年白隠禅師250年遠諱記念行事の坐禅会はどうなったのでしょうか?

2014年8月現在臨黄ネットには報恩坐禅会の案内がアップされていますが、....残念ながら東北地方(と北海道)の寺はひとつも見あたりません。2011年の大地震で被災した各寺はまだ復旧の途上にあり坐禅会開催は負担が大きいということなのだろうかと想像しています。

しかし「大坐禅会」という項目が内容未決定で残っているように見えます。どうなるか楽しみです。

以上あれこれと妄想してみました。