2014年8月21日木曜日

お釈迦さまが涅槃にはいられたときの心(八つの禅定)

入滅の瞬間の聖者の心(サンガ出版発行 アルボムッレ・スマナサーラ著 「ブッダの聖地」 P472〜477から)


お釈迦さまが涅槃に入られたときに心のステージが推移していくさまを描写したくだりがとても印象深いので紹介します。内容がわかっているのかと問われると困りますが、わたしは読むたびにドキドキします。

ここでいう「色界の心」「無色界の心」「出世間の心」がどんなものかは、サンガ出版のアルボムッレ・スマナサーラ/藤本晃 著 「ブッダの実践心理学 第二巻」に詳しい説明があります。

入滅の瞬間の聖者の心
 これから、一般人の最期と覚者の最期はどのように違うか、理解することにしましょう。人は亡くなる瞬間には、どんな気持ち、どんな考えなのかは誰にもわからないのです。逝く本人に聞くこともできません。お釈迦様の周りにはさまざまな超越した能力をもっている阿羅漢たちがいて、見守っていました。そばにアヌルッダ尊者という大阿羅漢がいました。”他心通(たしんつう)第一”という称号をお釈迦様からいただいた、八十大阿羅漢のひとりです。他心通とは他人の心の状況を読み取れる能力のことです。その能力が備わった阿羅漢たちがたくさんいましたが、アヌルッダ尊者の能力は第一です。また、お釈迦様の義理の兄弟です。
 最後の言葉を述べられたお釈迦様は完全に沈黙され、そのまま禅定に入られたのです。アヌルッダ尊者はお釈迦様の心の動きを貫いて視ていきました。
 お釈迦様は第一禅定、第二禅定、第三禅定、第四禅定へとどんどん入っていかれました。第四禅定までを色界禅定と言います。これから上、無色界という禅定があります。無色界レベルの禅定も四つあります。禅定は全部で八つあります。八番目は、「認識があるともないともいえない」と名付けている統一状態です。この八番目の統一状態はサマーディ瞑想で達するものです。解脱に達するときの禅定は、それとはまた違います。仏教は智慧の瞑想なので、心にある程度の統一能力が備わったら智慧を開発するのです。こちらにも禅定といえば、八つあります。預流道(よるどう)、預流果(よるか)、一来道(いちらいどう)、一来果(いちらいか)、不還道(ふげんどう)、不還果(ふげんか)、阿羅漢道(あらかんどう)阿羅漢果(あらかんか)です。すべてのサマーディを(一)色界(しきかい)、(二)無色界(むしきかい)、(三)出世間(しゅっせけん)と名付けて三つに分けます。
 禅定といってもおわかりにならないと思います。理解できるまで説明はできませんが、その意味だけを解説します。心を統一して、ひとつの対象だけを認識しつづける状態が禅定です。その他のことを見たり聞いたり、考えたりしません。普通の日本語で「無心になる」という言葉があります。「無心」の本物のバージョンだと思ってください。色(しき)とは物質のことです。色界の瞑想では、心と身体が一緒に機能しています。身体と心が一緒に機能することは瞑想しないときも同じですが、集中力はありません。それで、身体の何かの感覚に集中する。または見える、聞こえる何かに集中する。この集中力を上げていくことで、禅定状態に達します。レベルは四つです。これは、色界の禅定四つといいます。次に、身体に、物質に依存しないで集中力の訓練(瞑想)をします。一、まず、空間の空を認識する訓練です。それが成功すれば、無色界の第一禅定です。二、次、心は無辺であると認識して集中します。三、それから、「なにもない」ということを認識します。四、最後に、集中力だけを上げます。この四つのレベルは無色界の禅定です。禅定の八番目、無色界の四番目に達したら、認識があるともないともいえないという状態になります。これ以上禅定はありません。
 仏教の瞑想の場合は当然、集中力・禅定を大事にしますが、目的にしません。心の煩悩を根絶することを目指します。四つの段階で、煩悩が二度と起こらないように滅尽します。四番目に達した方を「阿羅漢」というのです。このタイプの禅定は出世間といいます。阿羅漢には色界の四つの禅定の能力もある上に、滅尽定という特別な禅定に入ることもできます。それに達すると、認識はストップします。身体から認識機能がなくなったら、瞑想を知らない一般人の立場から見ると、「死んでしまった」ということになります。しかし、修行者は前もって決まった時間になると、自動的に認識が戻ります。これが、禅定の世界の豆知識です。
 では、お釈迦様の話に戻りましょう。お釈迦様が沈黙の状態になりますね。それから、禅定に入ります。アヌルッダ尊者が心のはたらきを見ながら見守っています。色界の第一から順番に第四の禅定に達します。次に無色界の一から四までの禅定に入ります。最後に、認識をストップする滅尽定に入ります。周りで見ている人々には、お釈迦様が、徐々に落ち着いていって、呼吸も止まって、身体の一切の機能が停止したことだけ見えます。そうすると、アーナンダ尊者が、「お釈迦様は涅槃に入られたのですか?」とアヌルッダ尊者に伺います。尊者が答えます。「釈尊は涅槃に入っていません。いま、滅尽定に入っているのです」。それからお釈迦様が、滅尽定から、下がってきます。無色界の第八禅定から、徐々に下がり、色界の第四禅定に入って、それから、色界の第一禅定に戻ります。そこで、また、呼吸も身体の機能も戻っているのです。それからまた、順番に色界の四つの禅定に入ります。四番目の禅定で、息を止めます。涅槃に入ります。第四禅定とは苦も楽も喜びも感じない、心に統一のみある状態です。この状態で、天人師である釈迦牟尼如来が涅槃に入られたのです。亡くなられたのです。「この瞬間に、大地が怖くなるほど揺れました」と経典に記してあります。