2015年7月23日木曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク No.014「先祖供養の極意」(YouTubeの音声から文字起こししたもの)

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク No.014 「先祖供養の極意」
~先に旅立たれた家族を供養する~


No.013で、既に亡くなられた家族に対する廻向については次の回に詳しく解説することになっておりましたので、No.014も書き起こし(文字起こし)しました。


すでに文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。必ず残るサイトがありますようにと考えて、自分も文字にしたものを掲載します。


前回同様、これはYouTubeの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。


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先祖供養とは、すでにお亡くなりになった家族の方に対して、みずからなした善行の福徳を廻向することです。

ただし、お亡くなりになった家族全員が先祖供養を必要としているわけではありません。

ある方はすでに神々のひとりとして、天界に生まれ変わっているかもしれませんし、別の方は、人間界に生まれ変わり、すでに別の人生を歩まれているかもしれません。

仏教では、天界や人間界のことを、スガティ、幸せに満ちた境涯、と呼びます。

努力をすれば、自分の力で幸せを得ることができる世界、善いおこないをするための環境が整っている世界、と見るわけです。

ですから幸運にもスガティに生まれ変わった先祖の方々に対しては、伝統的な意味での先祖供養、いゆわる追善供養は、特に必要はありません。

しかし、もし先祖の中に、アパーヤ、四悪趣と言われる不幸せな境涯、すなわち、地獄界、畜生界、餓鬼界、修羅界、の四つの不幸せな世界の内のひとつに生まれ変わられた方がおられるなら、その方への追善供養がどうしても必要となります。

お釈迦様はお経の中で、せっかく人として生まれても、死んでから後に、ペータ、餓鬼界に、生まれ変わってしまう方々がたいへん多い、と私たちに警告してくださっています。

では、どういう方がペータ、餓鬼界に、生まれ変わってしまうのでしょうか?

死ぬときに、この世に強い執着を持って亡くなられた方や、家族や、財産や、地位や、名誉などに、離れがたい執着を持って亡くなられた方は、ペータに堕ちる可能性があります。

また、生きている間に、家族、財産、地位、名誉などを失い、たいへんな苦しみを経験し、強い怒り、恨み、嫉妬、後悔、自責の念、絶望、などが解決されないまま亡くなると、ペータに生まれ変わってしまう可能性があります。

総じて、この世に強い思いを持ったまま亡くなると、人は死んで後、餓鬼界に生まれ変わりやすい、とされています。

そして、人間の世界に対する執着や恨みを、そのまま持ち続け、長い間、苦しみ続けるのです。

餓鬼界、ペータ、に生まれた方は、生前特に親しく、愛着を持っていた家族の誰かを頼って、藁をも掴む思いで、助けを求めてくることがあります。

餓鬼界の苦しみから救い出して欲しい、と家族や縁者にすがると言われています。

先祖の誰かが餓鬼界に堕ちてしまった場合、その方の苦しみを少しでも癒すために、私たちは、何をして差し上げることができるでしょうか?

そういった方々に対しては、二つのタイプの先祖供養をさせて頂くことができます。

一、今、この瞬間の苦しみを少しでも軽減させ、つかの間の安楽を感じて頂くために廻向する。

餓鬼界に堕ちた方々は、食べ物、飲み物、着る物、住むところ、薬、すらままならず、お腹が空き、のどが渇いた状態で苦しんでいます。

ですから、今すぐ必要としているものを取りあえずお渡しし、少しでも楽になって頂くための供養をする必要があります。

どうすればよいのでしょうか?

お釈迦様は教えてくださっています。

その方が、餓鬼界で必要とされているであろう品々、すなわち、食べ物、飲み物、衣類、住居、薬、などを仏法僧に布施し、その功徳を、餓鬼界にいる先祖に廻向しなさい、そうすれば、あなたの廻向の力によって、その方は癒されるであろう。

次は二番目のタイプの先祖供養です。

二、その方が一日も早く、ペータの世界から抜け出し、よりよい世界へ転生して頂くよう、廻向をする。

これは、ペータ、餓鬼界、という境涯に生まれ変わって苦しむという、その根本原因を取り除き、よりよい世界へ生まれ変わって頂くための廻向です。

ペータに生まれ変わった方々が、ペータを離れ、よりよい世界へ転生していくためには、執着を離れる智恵、すなわち、ネッカンマ、の智恵、がどうしても必要です。

ペータの方々は、ネッカンマの智恵の修行を、行うことができませんから、私たちが代わって、執着を離れる智恵の実践を行い、その功徳を、ペータにおられる先祖の方々に廻向させて頂きます。

どうすればよいのでしょうか?

布施、戒律護持、瞑想修行、などの修行を行うとき、「執着を離れる。」と心に誓い、執着を離れる努力をしながら、修行を行っていきます。

そして、その功徳を、ペータにおられるご先祖の方々に廻向する、ということですね。

どちらの廻向の場合も、まず最初に、亡くなられた方の顔を、心にはっきり浮かべ、はっきりと、その方に心の中で語りかけてください。

「これから私は、あなたのために、善なる行為をさせて頂きます。そして、その功徳を、すべてあなたに廻向致します。どうか、私の供養をお受け取りください。」

そう、はっきりと決意するのです。

そうすれば、その方は、きっと、あなたの供養を受け取ってくださるでしょう。

先祖供養というのは、どんな境涯に生まれ変わられた先祖に対しても、有効なのでしょうか?

実は、人間界や天界など、スガティ、に生まれ変わっておられる先祖の方々に対しては、先祖供養、追善供養、をする必要はありません。

スガティの世界では、その方が望みさえすれば、いつでも善行をなすことができるし、自ら功徳を積んでいくことができるからです。

しかし、もし先祖の方が餓鬼界、ペータ、に転生してしまわれたとしたら、どうしても、追善供養をしてさしあげなくてはなりません。

その方は、ペータにいる限り、善行を行うことができませんから、あなた自身が、その方に代わって善行をなし、その功徳を、その方にお布施するのです。

そうすれば、その方は、あなたが行った善行の功徳、よき果報を受けることができるでしょう。

仏法僧の祝福があれば、天界や人間界という、よりよい世界へ生まれ変わっていくこともできるかもしれません。

そうなれば、本当にすばらしいですね。

とは言うものの、先祖供養は万能ではありません。

四悪趣の内のペータ以外の境涯、すなわち、地獄界、畜生界、修羅界、に生まれ変わった方々に対しては、あなたの廻向を差し上げることができません。

あなただけではない、誰も、たとえお釈迦様であっても、その方に何もして差し上げることはできません。

あなたの供養は、その方には、届きません。

先祖がペータに生まれ変わったかどうか、それは凡夫には、わからないかもしれません。

しかしお釈迦様は、非常に多くの人々が、死後、ペータに生まれ変わっている、とおっしゃられました。

亡くなった後、ペータに生まれ変わった先祖がひとりもいないという家は存在しない、とはっきりおっしゃっておられます。

ですから、あなたが真心からの先祖供養を行えば、亡くなられた先祖の誰かしらは、必ず、救われることになるのです。

あなたの供養の力によって、あなたの先祖の方々は、癒されるでしょう。

ですから、私たちは、先祖供養の限界をはっきり知った上で、すでに亡くなられた先祖の方々すべてのために、心をこめた追善供養を、是非、させて頂きましょう。

先祖供養なんて単なる迷信だ、と言う人達もいます。

はたして、そうでしょうか?

もし、亡くなられたあなたの先祖の誰かが、不幸にも、ペータに生まれ変わられたとしたら、今でも、その方の苦しみは、終わっていません。

あなたは、その方が苦しんでおられるのを、知らんぷりできますか?

その方を、幸せな境涯に導いてあげたいとは、思いませんか?

亡くなられたあなたの先祖の方に対して、生きている間に、するべきことを、十分にして差し上げましたか?

し足りなかったのでは、ありませんか?

十分な愛情を差し上げられましたか?

差し上げたいと思いながら、何もできない内に、亡くなってしまわれたのではありませんか?

先祖に対する廻向は、誰にでもできるというものではありません。

先祖に供養することができる方の資格というものがあります。

亡くなられた方と、生前、深い絆のあった家族。

境涯を超えて、その方の心のよりどころになり得る、頼れる家族、に限られるのです。

ですから、お寺のお坊さんに、先祖供養を代わりにやってもらうというわけにはいかないのです。

もし、あなたが、その方の追善供養をやってあげなかったら、いったいどうなるのでしょうか?

あなたが世を去ってしまったら、その方にとって、生前深い絆を持っていた身内が、誰もいなくなってしまうかもしれません。

少なくとも、家族の中に、その方を供養しようという心を持った方が、いなくなってしまう可能性があります。

そうなれば、その方は、苦しみが癒されないまま、何百年、何千年もの間、ペータの世界で苦しむことになってしまうかもしれません。

それだけではありません。先祖の方々を供養せず、知らんぷりをしていたら、あなたにとっても、あなたの家族にとっても、あまり良くないことが起きる可能性があります。

例えば、あなたが死を迎える時、ペータにいるあなたの先祖が、あなたを迎えに来てしまうかもしれません。

あなたをペータに連れて行こうとするかもしれません。

もしその方が、あなたに対して、強い怒りや嫉妬を持って亡くなられたような場合は、あなたに対して、色々と悪さをする場合も、まったく無いとは言えません。

あるいは、あなたに注目してもらいたくて、あなたにつきまとい、あれこれとあなたの邪魔をする、ということもまったくないとは言えません。

ですから私たちは、亡くなられた先祖に対して、心からの追善供養をして、その方々が受けているかもしれない苦しみを、できるだけ癒して差し上げなくてはならないでしょう。

お釈迦様が教えてくださっています。

仏法僧において善行を積み、その功徳を、あなたの亡くなられた先祖に供養すれば、その方の苦しみは癒され、また、あなた自身、すばらしい徳を積み、大きな果報を得ることができる。すべてが円満に成就する。

まさにアングッタラニカーヤの巻の十の百七十七、ジャーヌッソニースッタに書いてある通りですね。

さて、先祖供養を行う際、大きく分けて二つのやり方があります。

まず最初の方法。亡くなられた先祖の方が今、ペータの世界で、最も必要としているだろうと思われるもの、例えば食事、衣類、住居、薬、などの生活必需品、または、それを購入するための金銭等を、先祖の方に直接差し上げるつもりで、仏法僧、すなわち、比丘、比丘尼、サンガ、などへお布施します。

そして、その善行の功徳をすべて、その先祖の方へ廻向して差し上げます。

二つ目の方法は、亡くなられた先祖の方のお名前で、つまり、その方を施主として、仏法僧、すなわち、比丘、比丘尼、サンガへお布施を行います。

その場合、他の人々の修行を助けるためのお布施が、最も功徳が大きいとされています。

他の人々の修行を助けるためのお布施とは、どういうものでしょうか?

僧院の建立、修行道場の建築、書籍の寄進、ダンマを学ぶための設備や機器、仏塔、供養塔の建立、その他、修行の助けとなるようなお布施なら、すべてここに含まれます。

そして、この場合も、あなたがなした善行のすべての功徳を、あなたの先祖の方へ廻向して差し上げます。

布施に限らず、戒律護持、瞑想修行、などによっても先祖の追善のための廻向を行うことができますが、お釈迦様は、先ほどのアングッタラニカーヤのジャーヌッソニスッタで、「先祖への供養のために、布施をせよ。」とはっきりおっしゃっておられますから、先祖供養のための善行は、仏法僧へのお布施を第一義とし、さらにその上で、執着を離れる智恵の実践をも廻向する、というふうにやっていけば良いと思います。

最後に、もうひとつだけ大切なことを付け加えます。

先祖供養をする場合、あなたが供養しているという事実を、ペータにおられる先祖の方が知っておられなければなりません。

ですから、先祖供養のためのお布施を行う前、行っている最中(さなか)、行った後に、先祖の方々のお顔を、心にはっきりと思い描いてください。

そして、心の中で、その方に向かってはっきりと言うのです。

「これから私は、あなたのために、仏法僧にお布施をさせて頂きます。そして、その功徳はすべて、あなたに廻向致します。どうか、その善なる果報をお受け取りください。私の、このわずかな供養によって、あなたの苦しみが少しでも癒されることを。安楽が得られることを。」

そう、心にはっきり念じるようにしてください。

そして、先祖供養のためのお布施をなした後には、再びその方のお顔を心に浮かべながら、重ねて廻向文をお唱えしてください。

「イダンメー・ニャーティナン・ホーットゥ」

「スキター・ホントゥ・ニャータヨ」

あるいは日本語で、

「願わくば、この功徳をもって、すでに世を去りし、我が有縁の家族の苦役(くやく)を除き、法楽が与えられんことを。」

と、三度お唱えすればよいでしょう。

(終わり)
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