2015年8月10日月曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク No.020-ダンマを聞く~お釈迦様の教えを学ぶときの心構え~(YouTubeの音声から文字起こししたもの)

(※ 訂正: 2015-12-29: タイトルの誤りを訂正しました。)

これはYouTubeの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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今回は、ダンマの話をどういう心構えで聞けば良いか、について少しお話を致します。

教えを聞き、法を学ぶこと、これをパーリ語では、ダンマ・サバナ、日本語では、聞法(もんぽう)、法を聞く、と書いて、聞法と言います。

教えを聞き、法を学ぶことは、とても大切な修行であると共に、大変すばらしい善行(ぜんぎょう)でもあります。

瞑想会に出向いて法話を聞いたり、ポッドキャストを聞きながら、ダンマを勉強したりすることによって、非常にすばらしい善業(ぜんごう)をなし、多くの波羅蜜を積むことができます。

では、ダンマ・サバナ、ダンマの話を聞くときは、どのような心構えで聞けばよいのでしょうか?

ダンマ・サバナ、ダンマの話を聞くこと、は、それ自体が善行です。

せっかく善行を行うなら、できるだけ多くの功徳を積めるような、上手な聞き方をしようではありませんか。

ズバリ、ポイントは五つあります。

1. ひと言も聞き漏らさないよう、細心の注意を払いながら聞く。

2. 語られたすべての言葉の意味、文章の意味を理解するよう努める。

3. もし、わからない言葉、わからない内容があれば、必ず復習して、できるだけ早く疑問を晴らし、正しく内容を理解するよう努力する。

4. 必要とあらば、学んだ内容を整理し、統合し、バラバラにし、表を作り、暗記し、経典や注釈を参照し、など、あらゆる方法を駆使して、理解を深める。

5. 学んだことを、自らの仏教修行、瞑想修行に、反映させ、活かしていく。

このような心構えで、ダンマトークに臨むとき、法話を聞いているだけで、心は静まり、語られているダンマに、自ずと深く集中していくでしょう。

様々な世俗の雑事や、頭をよぎる雑念は、次第々々に遠のいていき、心はどんどん清らかになっていくでしょう。

お経を読んでみれば、とてもたくさんの人達が、お釈迦様やアラハンの方々のダンマトークを聞いただけで、預流(よる)、一来(いちらい)、不還(ふげん)、阿羅漢(あらかん)、といった、高い悟りの境地に至った、ということがよくわかります。

さて、現象の本質を看破し、覆い隠されている真実をありのままに見抜いて、深い智慧を得るには、三つの方法があります。

1. スタマヤ・パンニャー、聞所成慧(もんしょじょうえ)。

これは、智慧ある人の話を、細心の注意を払って聞き、そこから知識を学ぶことです。

聞くという行為だけに限らず、例えば本を読んで学ぶことも、ここに含まれます。

総じて、智慧ある人から、すでに確立した知識を学んで、自分のものとする、という学びを言います。

2. チンターマヤ・パンニャー、思所成慧(ししょじょうえ)。

これは、自分で調べ、考え、経験し、分析して、独自の智慧を得ることです。

3. バーバナーマヤ・パンニャー、修所成慧(しゅしょじょうえ)。

これは、ヴィパッサナー瞑想を行って、心や物質的現象の本質を看破し、智慧を得ることです。

これら三つの智慧の獲得法を、一般社会における学びに当てはめると、どうなるでしょうか?

残念ながら、一般社会では、最初の二つ、すなわち、スタマヤ・パンニャー: 知識のある人の話を聞いたり、読んだりすることによって学ぶ知識と、チンターマヤ・パンニャー: 自分で調べ、考え、経験し、分析して得る、独自の智慧、があるだけで、最後のバーバナーマヤ・パンニャー: ヴィパッサナーによって、現象の本質を看破して智慧を得る、という段階の学びはありません。

例えば、私たちが学校や社会で学ぶ知識や技能の習得は、スタマヤ・パンニャー、すなわち、知識のある人の話を聞き、また読んで、すでに確立した知識を学び、自分のものとするわけですね。

ほとんどの人々が持っている知識の大部分は、これにあたります。

やがて、実際の経験を積み、知識や技能に磨きがかかってくると、少しずつ、前人(ぜんにん)未踏の領域に進んでいけるようになるかもしれません。

自分自身の経験や、調査、実験、試行(思考?)、分析などを通して、誰から学んだわけでもない、自分独自のオリジナルなアイディアを得て、次第に独特の智慧を確立していくわけですね。

それがチンターマヤ・パンニャー、自分で調べ、考え、経験し、分析して智慧を得る、ということになります。

仏教修行においても、一般社会の場合と同様、まず最初は、できるだけ多くのスタマヤ・パンニャー、智慧のある人々の話を聞いたり、読んだりすることによって学ぶ知識を獲得することから始めなければなりません。

最初のうちは、知識ベースは限られていますし、仏教的な論理の進め方にも暗いわけですから、自分の頭だけで考え、判断して、正しい智慧に到達するのは容易なことではありません。

ですからまず、先人達の歩んだ轍(わだち)に従って、歩みを進め、次第に知識を積み上げて、自分の力で前進していくための、基礎を作り上げるのです。

ダンマ・サバナ、聞法、すなわち、ダンマを聞く、段階ですね。

この場合の「聞く」は、「学ぶ」で、ダンマを学ぶ段階、というふうに理解してください。

あらゆる機会を積極的に利用して、法話を聞き、ポッドキャストを聞き、テキストを読み、文献を調べて、ダンマを学んでいくのです。

これは、パリヤッティ、ダンマの習得、という名前でも知られています。

誰でも最初は、この段階からスタートします。

ちょうど、子供が学校に通って、さまざまな知識を段階的に身につけていくプロセスと同じです。

そうやって多くのダンマを学び、自らの知識べースが豊かになってくれば、チンターマヤ・パンニャー、自分で調べ、考え、経験し、分析して得る独自の智慧、の段階に入ります。

さらに一歩進んで、瞑想修行に専心していく段階に入り、バーバナーマヤ・パンニャー、すなわち、ヴィパッサナーによって、心や物質的現象の本質を看破して智慧を得る、という最高の修行のレベルに入っていくことができるのです。

ダンマの話を聞くこと、ダンマを学ぶことは、それ自体が善行です。

私たちはダンマを学ぶことにより、とても多くの功徳を積むことができます。

ダンマの話を聞き、ダンマを学ぶときのポイントを、もう一度繰り返してみましょう。

1. ひと言も聞き漏らさないよう、細心の注意を払いながら聞く。

2. 語られたすべての言葉の意味、文章の意味、を理解するよう努める。

3. もし、わからない言葉、わからない内容があれば、必ず復習して、できるだけ早く疑問を晴らし、正しく内容を理解するよう努力する。

4. 必要とあらば、学んだ内容を整理し、統合し、バラバラにし、表を作り、暗記し、経典や注釈を参照し、などあらゆる方法を駆使して、理解を深める。

5. 学んだことを、自らの仏教修行、瞑想修行に反映させ、活かしていく。

このような心構えでダンマの話を聞くとき、心は静まり、ダンマに自ずと深く集中していきます。

さまざまな世俗の雑事や、頭をよぎる雑念は、次第々々に遠のいていき、心がどんどん清らかになっていきます。

ダンマを聞きながら、次第に心はクーサラになっていき、やがて、禅定に入る直前の心の状態にまで達することもできるでしょう。

これがダンマ・サバナ、聞法です。

ダンマを聞き、学ぶときの、心構えです。

さあ私たちも、これからは是非、このような心構えで、ダンマを聞き、ダンマを学び、多くの善き波羅蜜を積んで、修行を前進させていくよう、頑張っていきましょう。

(以上)
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