2015年9月17日木曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.003-親子~お釈迦様が説かれる親と子の正しい関係(podcastの音声から文字起こししたもの)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。


そのような状況でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します)


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お釈迦様は、親と子の関係について、どのようにお説きになっておられるでしょうか?

古代インドでは伝統的に、家長に対する義務や服従を力説していました。

しかし、お釈迦様は、そのようにはお説きになりませんでした。

お釈迦様は、スッタニパータ、巻の一、蛇の章の第六、破滅への門、というお経で、
自らは豊かに暮らしているのにも関わらず、やればできるのに、年老いて衰えた母または父を、養わない者がいる。
これは破滅への門である。
とおっしゃっておられます。

また、同じスッタニパータの蛇の章の第七、卑しき人々、というお経では、
おのれは豊かであるのに、年老いて衰えた母や父を養わない者、彼を卑しいものであると知れ。
母、父、兄弟、姉妹、あるいは姑を、言葉で傷つけ、あるいは悩ます者、彼を卑しい者であると知れ。
と、重ねて戒めておられます。
母親と父親を尊敬し、いたわりなさい。
これを、お釈迦様は、重ねてお説きになりました。
正しいダンマに従って得た財をもって、母と父とを養いなさい。
この世において、母を敬うことは楽しい。
また、父を敬うことは楽しい。
と、おっしゃっておられます。
母と父を、ダンマにかなったやり方で養うこと、食べ物と、飲み物と、衣服と、住む所とを捧げ、お香で身を整え、沐浴し、足を洗って、父と母を敬いなさい。
そうすれば、この世では、諸々の智慧ある聖者が、彼を賞賛し、また、死語は、天界に再生して、その福徳を楽しむであろう。
と、このように説かれています。

ところで、お釈迦様が実際にお話になられていたパーリ語では「父、母」と言わずに、必ず「母、父」という順番で両親を表現します。

面白いですね。

後世、お経が中国語に翻訳されると、中国の社会通念に従って「父、母」と逆の順番で訳されてきました。

両親は、私たちを、この人間界にもたらしてくれました。

そして私たちを保護し、養育し、仏教のダンマを始め、この世にある、ありとあらゆるものに巡り会う、得難い機会を与えてくださいました。

それだけで既に、報いても報い尽くすことができないほどの、恩を受けていると言えるのです。

昔から仏教では、四つの恩、四恩(しおん)ということが言われています。
母の恩、父の恩、ブッダの恩、師の恩
あるいは
父母の恩、ブッダの恩、師の恩、国の恩
を指しますが、そのどちらにおいても、母と父の恩は、その最初に挙げられています。

アングッタラニカーヤでお釈迦様は、父母に対する最も良い恩の報い方について、お話になられています。
修行者達よ、信仰なき母と父に信ずる心を起こさしめ、信仰に入らしめ、信仰に安住せしめ、また、物惜しみする母と父をして、布施の心を起こさしめ、布施に入らしめ、布施に安住せしめ、また、悪意ある母と父に、善なる智慧を起こさしめ、善なる智慧に入らしめ、善なる智慧に安住せしめること、実にこれによってこそ、母と父の恩に、本当に報いることができるのである。
母と父を敬い、養うということは、普通の人達に対する善行とは比べものにならないほど、大きな善きカンマを作ります。

逆に、母と父に対して悪意を持ち、悪い行いをなすことは、普通の人達に対する悪行とは比べものにならないほど、非常に深刻な、悪いカンマを作ります。

私たちはそれを理解して、母や父との関係を、より良いものにしていくよう、いつも努力していきましょう。

ディーガニカーヤの三十一、シンガーラ経というお経には、両親と子供の間の、理想的な関係が述べられています。

そこでお釈迦様は、
子は両親に対して、五つの方法で奉仕するべきである。
と、教えられました。
一、私は両親に育ててもらったのだから、これからは、彼らを養っていこう。
二、私は、両親の仕事や、なすべきことを手伝い、また、彼らに代わって、その任務を果たしていこう。
三、家業を守り、財産を守り、家を繁栄させていこう。
四、両親の後継ぎとして、恥ずかしくない人間になろう。
五、両親の死後は、彼らのために布施をなし、その福徳を、彼らに廻向しよう。
また、同じお経で、お釈迦様は、
両親は、五つの方法で、子を助けるべきである。
とも説かれています。
一、両親は、子が悪をなさないよう、しっかりと教育し、監視しなさい。
二、両親は、子が善をなすことを、大いに助け、奨励しなさい。
三、両親は、子が生活の糧を得ることができるよう、技術を習得させなさい。
四、両親は、子が適齢期になれば、所帯を持たせなさい。
五、両親は、時期を見て、子に家督を譲りなさい。
現代の日本には、家族に関する、欧米風の考え方が蔓延し、両親と子供の関係も、とてもドライなものに変わってしまっているようです。

それが現代社会の通念だから、という理由だけで、それを受け入れる人達が多く見受けられます。

昔のように、家業というものが無い家も多く、お釈迦様の教えを、そのまま実践することが難しい場合もあるでしょう。

また、子供が、母親あるいは父親に対して、心の傷を持っている場合は、なかなかお釈迦様の教えを、そのまま実践していくことが難しいかもしれません。

しかし、両親が自分に何をしてくれたか、ということに関わりなく、子としてなすべきことをなす、それをお釈迦様は言っておられるのです。

それで良いではありませんか。

それが一番大切なことです。

現代社会は、お釈迦様が生きておられた当時のインドとは、まったく様相が変わってしまいましたが、親と子の心というものは、時代によって変わるものではありません。

現代に生きる私たちも、お釈迦様の説かれた教えの真意を学び、日々の生活に、それを活かしていきましょう。

(以上)
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