2015年11月18日水曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.008-四摂法Ⅴ-利行(3)~善意をもって善行をおこなう(podcastの音声から文字起こししたもの)


これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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他人を傷つける行為や言葉を生み出す原因となるような、不善な思いを決して心に生じさせない、という三つの決意、まとめて、クーサラマノカンマ、善なる意識の業、善意業(ぜんいごう)と呼ばれます。

これは、いわゆる三善根(さんぜんこん)、無貧(むとん)、無瞋(むじん)、無痴(無癡)(むち)に対応しています。

この三つの善なる根の、いずれかを因として持つ心を、常に生じさせていなさい。

常に、善なる心と共にありなさい。

ということですね。

まず、その一番目。
アーナーヴィージャー、無貧
貪(むさぼ)らないということですね。

決して貪らない、と決意することです。

これは、実際には喜捨の心、布施の心を指しています。

お釈迦様は、これについて何とおっしゃっておられるのでしょうか?
貪りの心の無い者となりなさい。
どうか他人のものが私のものとなるように、と他人の財産や必需品を欲しがったり、お金儲けを夢見て、夜も眠れないほど、貪りの炎を燃やすというようなことを、決してなしてはならない。
と教えてくださっています。

たとえ周りにいる人々が、貪りと物惜しみという汚物にまみれていたとしても、少なくとも私達だけは、貪りの無い、慈愛に満ちた心を持っていたいものですね。

貪ったり求めたりするのではなく、与えることが私達を幸せにします。

私達がたまたま持ち合わせているものを、人々と分かち合えることは、最高の幸せです。

有形無形の一切のものは、名色(みょうしき)、すなわち、ナーマとルーパであり、一瞬々々、生じては消え、生じては消えていくものです。

縁があって、今たまたま私達の手元にあるかもしれませんが、私達はそれを、本当に所有しているわけではありませんし、完全にコントロールできているわけでもありません。

たまたま私達の手元にある、そういったささやかな、物あるいはお金、あるいは、私達の持っているささやかな力、私達のささやかな知識、私達のささやかな特権など、私達の持っているものなら、どんなものであろうと、そして、どんな時であろうと、心からの喜びと最大の謙虚さをもって、人々と分かち合う、そういう心を持つことが、本当の幸せにつながるのだと、お釈迦様は教えてくださっているのです。

二番目は、
アーヴャーパーダ、無瞋
決して怒(いか)らないと決意することです。

実際には、これは慈しみの心を意味しています。

お釈迦様は、
怒りの思いの無い者となりなさい。
他人を傷つける思いが、決して生じない者となりなさい。
むしろ、一切の生きとし生けるものたちに対して、彼らがいかなる場合でも、いかなる相手に対しても、相手が劣っていて、自分が優れている、と他を軽んじることのないように。
彼らが、お互いに、他人に対して苦痛を与えようと意図したり、憎悪の心を持つことのないように。
あらゆる生きとし生けるものが、安楽であるように、平安であるように。
心から安楽であるようにと、心から願う者となりなさい。
とお説きになっておられます。

最後は、
サマーディッティ、正見(しょうけん)
正しい見解、と書いて、正見、ですね。

これは、お釈迦様の説かれた八正道(はっしょうどう)の、第一番目にあります。

これは、正しい悟(さとり)の智慧を指しています。

仏教で、一番大切なものです。

どんなときでも正しい見解を持つ、と決意することです。

お釈迦様の言葉を聞いてみましょう。
布施という善行をおこなえば、それは、必ず善い結果をもたらす。
善い行為、善いカンマが、善い結果をもたらす。
不善の行為、不善のカンマが、不善の結果をもたらす。
この世界がある。そして、この世界を超えて、上にも下にも、多くの世界がある。
自分自身も、父も、母も、一切の人々は皆、それらの世界を、輪廻転生(りんねてんしょう)していくのである。
善なる業によって、または、不善なる業によって。
この世とあの世を、自分自身の目で、よく見なさい。
そして、その本質を、はっきり見抜きなさい。
それが、正しい見解、と言われるものである。
では、この教えを、どのように活かしていけばよいのでしょうか?

もっとも大切なことは、貪りの無い心、分かち合う心、他人を慈しむ優しい心、嘘をつかない心など、今勉強している、この十種類の善なる決意が、この世における、本当の幸せを生むのだ、とはっきり知ることです。

はっきりと確信することです。

善いことをすれば、必ず幸せになる。

悪いことをすれば、一時的に利益を得ることができたとしても、決して長続きせず、不幸せな結果を、自ら、受け入れなくてはならなくなる。

ということを、正しく理解することです。

輪廻転生があるということ、地獄、畜生、餓鬼、修羅、といわれる四悪趣(よんあくしゅ)の世界から、天界、梵天界、無色梵天界(むしきぼんてんかい)といわれる、非常に高いレベルまで、実に三十一段階にもわたる、様々な境涯、人が生まれ、死んで、再び転生していく世界があるということ。

善い行為には、善い行為の結果が必ず訪れ、悪い行為には、悪い行為の結果が必ず訪れる、それは、決して逃れることができないのだ、ということ。

そうした世界の中で、何が正しい行為かをはっきりと知り、それを、情熱をもってなしていくこと。

そして、それだけが幸せに至る道なのだと、はっきり知ること。

それだけが解脱に至る道なのだと、はっきり知ること。

そうすれば、お釈迦様の、正しい見解という教えを、社会生活や、家庭生活の中で、しっかり活かしていくことができるでしょう。

以上で、四摂法、人を慈しみで包み込む四つの態度、の三番目、相手に対して、善なる心をもって、善なる行為を行いなさい、の解説が終わりました。

もう一度ここで、簡単に復習してみましょう。

利行、すなわち、相手に対して、善なる心をもって、善なる行為を行いなさい、は、
行為によって、他人を決して傷つけないという三つの決意
言葉によって、他人を決して傷つけないという四つの決意
そして、
他人を傷つける行為や言葉を生み出す原因となるような、不善な思いを、決して心に生じさせないという三つの決意、
合計十種類の善なる決意から成り立っていました。

それらは、
一、殺生を離れ、一切の生きとし生ける生命に対する、無条件の慈しみの心を持つと決意すること。
二、盗みを離れ、正直で、公平で、平等な心を持つと決意すること。
三、邪淫を離れる、すなわち、恋愛関係を結ぶにあたって、第三者を決して傷つけない、と決意すること。
四、決して嘘をつかない、と決意すること。
五、決して両舌を使わない、と決意すること。
六、決して、怒りをもって人に語りかけたり、乱暴な言葉を使わない、あるいはまた、荒々しく人を叱責しない、と決意すること。
七、決して、煩悩に耽溺して、意味の無い会話をしない、と決意すること。
八、決して貪らず、常に他人と分かち合う心を持つ、と決意すること。
九、決して、怒ったり、悪意を持ったりせず、常に慈しみの心を持つ、と決意すること。
十、ダンマを理解し、悪いことはしない、善いことをなすという、正しい見解に従って生きる、と決意すること。
これら十種類の善なる決意を実践すること。
これが、四摂法の第三番目、利行、として説かれていることです。

お釈迦様のお説きになるダンマ、本当にすばらしいですね。

それでは、次回は、四摂法の最後になります。

四番目の、心にある、自分と相手との境界線を取り払いなさい、という教えについて、解説していきたいと思います。


以上
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