2015年11月21日土曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.009-四摂法Ⅵ-同時(どうじ)~自分と相手との境界線を取り払う~(podcastの音声から文字起こししたもの)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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今、皆さんと一緒に、四摂法(ししょうほう)と呼ばれる、お釈迦様のダンマを勉強しています。

今回は、その第六回目です。

四摂法とは、
人を慈しみで包み込む四つの態度
とも呼ばれています。

社会で人と交わりながら生きていく上で、本当に役立つ教えです。

社会で大成功する、お釈迦様直伝の秘密兵器、とも言われています。

四つとは何でしょうか?
一、相手に対して、布施を行いなさい。
二、相手に対して、優しい言葉で語りかけなさい。
三、相手に対して、善なる心をもって、善なる行為を行いなさい。
四、心にある、自分と相手との境界線を、取り払いなさい。
ということでしたね。

今回は、その第四番目、
心にある、自分と相手との境界線を取り払う
ということについて、勉強していきたいと思います。

心にある、自分と相手との境界線を取り払う、とはどういうことでしょうか?

私達は、人と交わるとき、どうしても、私とあなた、の間に境界線を引き、私とあなた、を無意識に比較してしまうという、悪い心ぐせがあります。

私とあなた、の間に境界線を引くと、何が起こりますか?

あなたの利益は、私の不利益。

私の利益は、あなたの不利益。

私とあなたは、相反(そうはん)する関係である、という構図が自動的にできてしまいます。

私とあなた、を無意識に比較してしまうのです。

どんなことを比較してしまうのでしょうか?

生まれについて、出身校について、親の職業や財産について、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらのほうが若いか、どちらのほうが健康で長生きできるか、どちらのほうがやせているか、どちらのほうが筋肉が発達しているか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらのほうがハンサムか、どちらのほうが美人か、どちらのほうが異性にもてるか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらのほうが学校の勉強ができたか、どちらのほうが良い職業に就いているか、どちらのほうがお給料が高いか、どちらのほうが高い役職についているか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらのほうが人望があるか、どちらのほうが仲間内で人気があるか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらのほうが、よりえらくなれそうか、どちらのほうが、よりお金持ちになれそうか、どちらの履歴書のほうが、他人をより感銘させられるか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、どちらの奥さんのほうが美人か、どちらの子供のほうが、良い学校に行っているか、無意識に比較してしまうかもしれません。

あるいはまた、持ち家か、借家住まいか、どちらのほうが銀行口座の残高が多いか、どちらのほうが社会的信用があるか、どちらのほうが、銀行やクレジットカード会社から、より多額の与信を得られるか、無意識に比較してしまうかもしれません。

このリストは延々と続いていきます。

私とあなた、の間に無意識に生じる、これらの比較は、人間関係を確実に壊していくのです。

人と仲良く、楽しくやっていくためには、私達はまず、私とあなた、の間に無意識に引いた、この境界線を取り払わなければなりません。

仕事であれ、家庭であれ、趣味の仲間と一緒に何かをやる場合であれ、人と一緒に何かをやるときには、まず、自分と相手の間の境界線を、取り払うことが大切です。

お互いの相違点ではなく、お互いが共有しているもの、に注目することが大切なのです。

私とあなた、ではなく、私達、と見ること、これがとても大切なのです。

人間はひとりひとり、皆違います。

よく見れば、そこには様々な相違点が見つかるでしょう。

そして、その相違点に注目すれば、そこには、比較が生まれるのです。

どちらが優れているか、どちらが劣っているか。

あるいは、優劣は別として、まったく違っている、という視点が、自動的に生まれてしまうのです。

人と人、組織と組織、国と国、の間に起こる争いは、すべて、この視点から生まれてくるものなのです。

ひとりひとり違うのは当然です。

そこに注意を向ける必要などありません。

その視点から生まれてくる良いことなど、何もありません。

むしろ、その視点を離れましょう。

私とあなた、ではなく、私達、という視点を持ちましょう。

手を取り合って、同じ、共通の土俵に立ちましょう。

それがチームワークです。

そこに、同じチームの一員としての、一体感が生まれます。

その一体感がある限り、決して、争いは起きません。

一体感にひびが入る瞬間に、争いが始まるのです。

一体感、共感、連帯感、それが、私達が社会で生きていく上で、一番大切なコツなのです。

人と人が協力し合い、助け合いながら、生きていくのが社会です。

人が二人いれば、もうそれはすでに、社会なのです。

他の人と関わっていくときは、垣根を無くし、境界線を取り払い、私とあなた、ではなく、私達、という視点を持つこと。

私とあなた、の間の比較や競争はしない。

一体感、共感、連帯感を持って、一緒に楽しく、助け合ってやっていくこと。

そうすれば、そこに喜びが生まれます。

例えようもない喜びに、心が満たされるでしょう。

そして、それこそが、人が社会の中で生きる上での、最も大切なコツだと言えます。

四摂法の、この四番目の教えは、日本では伝統的に、
同時(どうじ)
と訳されています。

同じ時、と書いて、同時、ですね。

お釈迦様がお説きになったパーリ語では、これは、
サマーナッタター
という言葉になります。

サマーナという言葉と、アッタという言葉の複合語です。

サマーナとは、ひとつの、同じ、という意味です。

アッタというのは、我(われ)、わたし、自分、という意味です。

ですから、サマーナッタターで、同じひとつの自分という視点、ということになるわけです。

英語で言えば、oneness(ワンネス)というほどの意味になるのでしょうか。

それが、四摂法の最後の教え、
心にある、自分と相手との境界線を取り払いなさい
ということですね。

これで、四摂法の四つのすべてをお話致しました。

それではまた、お会いしましょう。

以上
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