2015年12月17日木曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.015-夫婦善哉~夫と妻の美しい関係(podcastの音声から文字起こししたもの)

No.13-廻向 および No.14-先祖供養の極意 は過去に前倒しして掲載済みです。このリンクをたどってご覧ください。

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これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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在家である限り、人間生活の基本となるのは家庭です。

その家庭は、夫と妻の関係から始まります。

ではお釈迦様は、夫と妻との関係について、どのようにお説きになっておられるでしょうか?

サンユッタニカーヤの巻の一、デヴァターサンユッタ、の第五十四、ワットゥスッタ、拠所(よりどころ)経で、一人の天人(てんじん)がお釈迦様に、
人間にとって、この世における最上の友は何か?
と質問をしました。

お釈迦様は、
人間にとって、この世における最上の友は、自分の妻である。
と、お答えになりました。
もしも妻が貞節であって、夫以外の権威には一切屈することなく、夫の意志の通りに意図し、夫に従順で、夫にとって可愛い妻であるならば、どんな秘密であろうと、妻に打ち明けて良い。
これは、ジャータカの言葉ですね。
夫と妻が、共に同じ信仰を持ち、外に対しては惜しみなく布施を行い、家の中においては堅実で慎み深く、正しいダンマに基づいて家庭生活を送り、互いに、愛情深い、優しい言葉で語り合うならば、数多くの功徳が、二人に訪れるであろう。
二人の暮らしは、幸せで、安楽なものとなるであろう。
二人そろって、最高の徳行の実践である、スィーラを護持していれば、悪しき外敵は、二人に害を及ぼすことはできないであろう。
二人そろって、殺生を離れ、盗みを離れ、不貞を犯さず、虚言を離れ、飲酒などに耽溺せず、戒律を守り、互いに善意をもって助け合い、物惜しみの汚れ(けがれ)を離れ、世俗を離れた修行者に対しても、疑いや不快感を持たず、怒りを伴った言葉を口にしなければ、死後は天界に再生し、そこで、喜びにあふれた生存を満喫するであろう。
これは、アングッタラニカーヤ、巻の二、第五十三経、の言葉です。

人間関係についての、お釈迦様の教えは、私達の常識とは、かなり違っています。

例えば、両親と子供の関係については、
両親は、子を愛しなさい。
子は、両親に奉仕しなさい。
と、教えられています。

主人と使用人については、
主人は、使用人に奉仕しなさい。
使用人は、主人を愛しなさい。
と、教えられています。

夫と妻の場合は、どうでしょうか?
夫は、妻に奉仕しなさい。
妻は、夫を愛しなさい。
と、教えられているのです。

それでは、お釈迦様が教えてくださっている、理想的な夫婦の関係について、お話ししましょう。

まず、妻に対する、夫の義務についてです。

ディーガニカーヤの第三十一、スィンガーラ経、を見てみましょう。

お釈迦様は、資産家、スィンガーラに対して、お説きになっています。
夫は、次の五つの方法で、妻に奉仕するべきである。
一、妻を尊敬しなさい。
二、妻を軽蔑してはならない。
三、道から外れてはならない。
四、妻に、権威を与えよ。
五、妻に、装飾品を与えよ。
妻を尊敬しなさいとは、どういうことでしょうか?

注釈書によると、妻に対して、神々を崇拝するのと同じ尊敬の念を持ちなさい、ということだと言われています。

妻は夫にとって、この世で最上の友であり、どんな秘密でも打ち明けることのできる唯一の友ですから、心からの敬意と感謝を持って接するべきである。

というのが、お釈迦様の立場なのです。

妻を軽蔑してはならない、とはどういうことでしょうか?

心からの敬意と感謝を持っているだけでは、十分ではありません。

その心をはっきりわかるように、相手に示さなくてはなりません。

夫は妻に対して、自分の目下の者に対するような、あるいは、自分の使用人に対するような、荒々しい、ときに、相手に恐怖や怒りを喚起させるような、粗雑な言葉使いや行動をしてはならない。礼を尽くして接しなくてはならない。

ということです。

軽蔑してはならないという表現は、自分より身分が下の者として接してはならない、ということですね。

道から外れてはならない、とはどういうことでしょうか?

これは、五戒の中の三番目、不邪淫、をさらに厳格にしたものです。

自分の妻以外の女性と不貞を犯すのはもって他ですが、ここでは、言葉や行動はもちろんのこと、妻以外の女性に対し、たとえ一瞬でも、夫の心が移ることを戒めているのです。

夫は、妻以外の女性に、潜在的な興味を持って、必要の無い働きかけやコミュニケーションを試みてはならない。

むしろ、そこに危険を見て、妻以外の女性とは、できる限り距離を置くようにする、というのが正しい態度です。

特に下心が無いとしても、妻以外の女性に対する夫の気安い態度は、妻の心を不安定にし、ひいては、夫への信頼を揺るがすことにもつながっていくでしょう。

妻に権威を与えよ、とはどういうことでしょうか?

家の中のことに関する一切の権限を与えなさい、ということです。

シャモジを手に持たせ、「おまえの気に入るようにせよ。」と言って、食事と家事とをまかせてしまいなさい。

全権を委ねてしまい、ひとたび委ねたら、後で細かいことに、ごちゃごちゃと口を出してはならないということです。

これは、家計を切り盛りするためのお金の場合も同じです。

収入に応じて、夫は妻に必要十分なお金を与え、後はすべてまかせてしまうのです。

途中で、「今月は、ちょっと足りなくなった。」と言われても、文句を言はず、補充できるのであれば、補充してあげるという度量が必要です。

妻に装飾品を与えよ、とはどういうことでしょうか?

これは、自分の財力に応じて、装飾品に限らず、妻を幸せな気持ちにさせるような、ちょっとしたものを時々プレゼントしなさい、ということです。

お釈迦様は、世間の女性達の心を、本当によく理解しておられ、また、彼らに対して、とても暖かい心をお持ちになっておられました。

それでは次に、良き妻、についてお釈迦様は何とおっしゃっておられるでしょうか?

お釈迦様は、世の中には、三種類の悪い妻と、四種類の良き妻、合計七種の妻がいる、と言われました。

悪い妻とは、
一、殺人者である妻
これは、悪い企みを持ち、夫の利益を願わず、夫以外の事柄を優先し、夫を軽蔑し、夫の死亡をひそかに願い、あるいは実際に、殺害を計画する妻のことを言います。
二、盗賊である妻
これは、夫が妻のために一生懸命働いて蓄えた財産を、少しでも彼から奪い取ろう、自分のものにしよう、離婚して、取れるだけ取ってしまおう、などと企てる妻のことを言います。
三、支配者である妻
これは、家事をせず、怠惰で、大飯食らいで、行動が雑で乱暴であり、汚い言葉や粗暴な言葉を発し、勤勉な夫に、常に直接間接のプレッシャーをかけ、精神的なストレスを与えて、夫の生命力を削ぐタイプの妻を言います。

以上の三つのタイプの妻が、心を入れ替えずに、そのまま一生を送れば、死後、四悪趣に堕ちる危険性が大いにあります。

次に、良き妻とは、
一、母のような妻
これは、いつも夫のためを思い、母が子を守るように夫を守り、さらに、彼の蓄えた財産を守る妻のことを言います。
二、妹のような妻
これは例えば、妹が姉(あね)を尊敬するように、自分の夫を尊敬し、恥じらう心があって、夫に従順な妻のことを言います。
三、友人のような妻
これは、長らく離ればなれになっていた友人に、久し振りに会って喜ぶように、夫を見ては喜び、夫と共にいられる、と言っては喜ぶ妻ですね。

生まれも良く、躾も良く、貞淑であり、夫に対していつも誠実であるような妻のことを言います。
四、奴隷女のような妻
これは、暴力をふるわれそうになっても決して憤らず、何があっても堪え忍び、常に善意で夫に接し、悪い心を起こすことが無い。

また、決して夫に対して怒りを持つことが無く、どんなときでも従順であるような妻のことを言います。

以上の四つのタイプの妻が、そのままの心がけで一生を送れば、死後、欲天界への転生が期待できると言われています。

さて次は、夫に対する妻のつとめ、についてお話をしましょう。

アングッタラニカーヤ、巻の五の三十三、ウッガハスッタ、でお釈迦様は、これから嫁いでいく、ウッガハ長者の娘たちに対して、妻としての五つの心構えをお話になられました。
娘たちよ、どのような夫のもとに嫁いでいくのであれ、次の五つの美徳を身につけることを心に決めて、実践することを学びなさい。
一、「朝、私は夫より先に起き、夜は、夫より後に眠り、やるべき仕事を進んで行い、夫の喜ぶ行いをなし、夫の喜ぶ言葉を語る者となりましょう。」と心に決めて、この美徳を実践することを学びなさい。
二、「私は、夫の母、夫の父など、夫にとって大切な人々や、修行者、バラモンなど、夫が心から尊敬する人々を、称え、敬意を払い、礼拝し、真心の供養を致しましょう。彼らが、我が家を訪ねてきたときは、上座に案内し、足を洗うための水をお出しして、心からの歓迎の意を表しましょう。」と心に決めて、この美徳を実践することを学びなさい。
三、「私は、夫の仕事をよく理解し、助け、自分の役割分担を知って、それに熟達し、怠けず、さらに必要であれば、新たな知識を学び、常に研究・改良を怠らず、夫の仕事が大いに成功するよう、精励して、夫を支えていきましょう。」と心に決めて、この美徳を実践することを学びなさい。
四、「私は、夫の部下、雇い人、同僚、得意先、顧客などを知り、彼らの仕事の内容、能力、健康状態などを常に把握して、彼らに対する適切で細やかな対応を心がけましょう。」と心に決めて、この美徳を実践することを学びなさい。
五、「私は、夫が働いて得た金、銀、財宝、その他を受け取って安全に保管し、それについて欺くことなく、盗むことなく、浪費、散財をしないように十分注意を払い、さらにまた財を増やしていくよう、倹約、努力を尽くしましょう。」と心に決めて、この美徳を実践することを学びなさい。
娘たちよ、これらの五つの美徳を身につけるならば、今生の終わりに死が訪れたとき、お前たちは、美しい欲天界に転生していくだろう。
このお経はさらに、四行詩の部分へと続いていきます。
あなたを妻として、きちんと養い、あなたの願いなら、どんなものでも、一生懸命にかなえてくれる夫に対して、妻であるあなたは、心からの尊敬の念を持って接しなさい。
良き妻になりたければ、嫉妬に駆られた言葉で夫を攻撃してはならない。
賢い妻になりたければ、夫が重きを置いているすべて人々に対して、畏敬の念を持って接しなさい。
朝は早く起き、一生懸命仕事をこなし、家の中のことを適切に取り仕切りなさい。
夫が喜ぶことだけを行いなさい。
そして、夫が得た財を守りなさい。
このように、夫を喜ばせたい一心で、夫の考え通りに、夫の望む通りのやり方で、妻としてのつとめを果たすならば、今生の終わりに死が訪れたとき、欲天界のうちの、こころよき神々、と呼ばれる天人達のおられるところに転生することができるであろう。

(以上)
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