2016年1月6日水曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.023-信じること~今この瞬間に、清められる心~(podcastの音声から文字起こししたもの)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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瞑想を修習する修行者には、清らかで強固な信が必要である、と言われています。

信とは、自分が信じている対象を、無条件に受け入れることです。

そうすれば、心と体が浄化され、清らかな喜びに満たされていきます。

しかし、この心の働きは、一度(ひとたび)生じたら、ずっとそのまま、そこに留まっていてくれるというものではありません。

一瞬一瞬、生起するや否や、瞬く間に消滅して消え去ってしまいます。

信とは、その瞬間瞬間に生起し、消滅していく、心の働きです。

私は神様に対して、強い信を持っています、とか、彼の信は、どんなことがあっても揺るがない、というような、既に確定している、継続した状態を表す言葉ではありません。

信とは、その瞬間瞬間に生起消滅する心の現象であって、人と神様、人と仏様、あるいは人と人との間で、私はあなたを信じますよ、と決意を表明して約束を交わす、というものではありません。

私は仏教徒です、というのは、信仰の決意表明ではありますが、その時、信がそこに生起しているかどうは、別問題です。

今この瞬間、あなたの心に、信が生起していますか?

今この瞬間、あなたに、お釈迦様に対する思いが、燃え上がっていますか?

信は、今この瞬間に、あなたの心に生起しているかどうかが、すべてです。

今この瞬間に、あなたの心に、燃え上がるような信が生起していないのなら、残念ながら、あなたは今、信を持っていません。

私達は、瞑想修行を行う時、ダンマを学ぶ時、普段の生活を送っている時、どんな時でも、自らの心に、信を燃え上がらせておくよう、心を配っていかなければなりません。

信という宝石が心の中で輝き出すと、煩悩は、その瞬間に消え失せます。

心は静まり、明晰になって、明るく光り輝き、静かに澄み渡ります。

信は、幾つかの段階を経ながら、強くなっていきます。

お釈迦様に対する信は、どのように強くなっていくのでしょうか?

まず最初に持つのは、表面的な信です。

お釈迦様の教えは正しい、とは思うけれども、自分の生き方を変えるところまでは行っていない、教えと生活は別、と感じる段階です。

次に、お釈迦様の教えによって、少しずつ、生き方に影響を受けるようになります。

だんだん、お釈迦様の教えが、心の拠り所になっていきます。

次に、お釈迦様の教えを百パーセント信頼し、自分のすべてをまかせてしまえる段階に入ります。

何であれ、お釈迦様がおっしゃるのなら、その通りにする、という感覚ですね。

ここまで来ると、自分のすべてをダンマに託してしまう、自己放棄の感覚、が生まれてきます。

自己放棄の感覚は、心や体全体を浄化します。

清められていく感覚が、勢いよく心に、そして体全体に広がっていきます。

どんなに体が疲れていても、疲れは一瞬のうちに消え去り、心身とも、清らかなバイタリティーに溢れます。

多くは、涙を伴います。

涙と共に、身も心も浄化されていく、不善な心は、すべて洗い流されていく、という感覚です。

その時、心に、圧倒的な菩提心が生起します。

胸のあたりに、燃え上がるような感覚を、はっきりと感受します。

お釈迦様に対して、胸がキューンと痛みます。

涙が、止めどなく流れます。

身も心も、お釈迦様へ溶けていってしまうような、甘美な感覚に席巻されます。

ここまで来れば、ジャーナに入るための準備は整い、お釈迦様への清らかな思いが、あなたを、深い禅定に誘(いざな)ってくれるでしょう。

お釈迦様を信じることによって、私達の心の霧は、瞬く間に晴れ渡り、心の隅々にまで光がさし込み、疑いや不安は、その瞬間に、完全に消滅します。

心の霧が晴れると、圧倒的な浄化の感覚が、心と体に広がっていき、計算の無い誠実さや、心からの謙虚さなど、日常では得難い、善なる心の質が、自然と、前面に出て来ます。

そして、涅槃を目指す修行という未知の領域に、大きな第一歩を踏み出す、確信と勇気が、心に沸々と、湧き上がって来るのです。

今から二千五百年以上前、お釈迦様がまだ生きておられた時、お釈迦様の直弟子達は、全員、お釈迦様に対して、このような、清らかで熱い思いを持っていました。

現代の私達も、少しでも同じ思いを共有することができたら、きっと、仏教修行を進める大きな力になってくれるでしょう。


※ 次のNo.024 Sati ~今、この瞬間に気づく~は、過去に掲載済みですので、ここをクリックしてください。


以上
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