2016年1月12日火曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.026-悪業が作られる瞬間Ⅰ-四悪趣に堕ちないために~意図しないことの大切さ~(podcastの音声から文字起こししたもの)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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例えば、あなたが外を歩いている時、誤ってゴキブリを踏んでしまい、殺してしまったとしましょう。

その時あなたは、五戒の一番目である、殺生を離れる、という戒律を、犯してしまったことになるのでしょうか?

それによって、悪いカンマを形成し、最悪の場合は、死後、地獄界、畜生界、餓鬼界、修羅界、という四つの不幸せな境界に、転生してしまう可能性があるのでしょうか?

いいえ、そんなことはありません。

あなたが、知らずに、ゴキブリやアリンコを踏んでしまい、結果的に彼らの命を奪うことになってしまっても、あなたに、殺す意志が無かった場合には、殺生戒の破戒は成立しません。

あなたが、ゴキブリ達を誤って殺してしまった。

ゴキブリやアリ達は、あなたに踏まれて殺された。

という事実は変わりませんが、あなた自身が、殺生という悪いカンマを形成してしまうということはありません。

なぜでしょうか?

カンマの本質は、意志だからです。

意志は、パーリ語では、チェタナー、と言いますね。

お釈迦様は、様々なお経の中で、
カンマとはすなわち、チェタナーである。
と、お説きになっておられます。

身体(からだ)による行為や言葉で、他の生命を傷つける、という事実があったとして、そこに、自発的な意志があれば、それは、五戒に反する行為となり、悪いカンマを形成してしまいます。

しかし、もしそこに、他の生命を傷つけようとする悪意が無かった場合、傷つけた、という事実は変わりませんが、悪いカンマは成立しません。

例えば、蚊の攻撃を受け、あなたが、
蚊に反撃をしよう。
と思った場合、あなたが悪いカンマを形成してしまう要素は、五つあります。

そのうちの二つは、カンマ成立の前提となる条件です。
第一は、そこに生きている蚊が、存在していること。
第二は、そこに生きている蚊が存在していることを、あなたが知っていること。
この二つが無ければ、そもそも、カンマを成立させる条件が揃いません。

アリンコが道ばたを歩いていても、あなたがその存在を知らなかったら、カンマは成立しません。

次の二つの要素は、カンマを成立させる上で、最も重要なファクターとなります。

何でしょうか?

あなたの心に、
蚊を殺そう。
という意志が生起すること。

そして、もう一つは、

蚊を殺すための努力が払われること。

パチンと手を叩くために、蚊を追いかけることも努力ですし、殺虫スプレーを取りに行くことや、それを噴射することも、努力です。

蚊取り線香に火を点けることも、努力です。

あるいは、他の人に、蚊を殺すように頼むことも、努力です。

誰が直接手を下すかは、重要ではありません。

あなたの心に、蚊を殺す意志が生じ、その手段として、他人にそれを依頼した場合、カンマとしては、あなたが直接手を下して殺すのと、何も変わりはありません。

そして、最後の五つ目の要素は、蚊の生命が奪われる、ということですね。

これが成立すれば、殺生を行ったことになりますし、もし失敗すれば、悪意で他の生命を傷つけようとする、別の悪業を形成したことになります。

蚊を殺すことに失敗したからといって、悪業の形成を免れた、と思ってはなりません。

蚊を殺そうという意志が生じ、そのための努力が払われたのであれば、あなたはもう十分、悪いカンマを形成してしまっているのです。

蚊を殺す、という意志があり、そのための努力がなされたのであれば、たとえ蚊を殺すという目的が達成されなくても、十分に悪いカンマを形成してしまうことになります。

他の生命を一切傷つけることなく生きていくことは、非常に難しいことです。

良かれと思って行った行為や、語った言葉でも、思わず人を傷つけてしまうこともあるでしょう。

でも、少なくとも私達は、二つのことを絶対に行わないようにしなければなりません。
すなわち、いかなる理由があろうと、他の生命を、肉体的にも、精神的にも、傷つけようと、決して意図しない。
そして、もう一つは、
他の生命を、肉体的にも、精神的にも、傷つけることになるような努力は、一切行わない。
ということですね。

この二つは、簡単なようで、時にはとても難しい場合もあります。

しかし、どんな状況においても、絶対にこの二つだけは守る、と決心してください。

心に深く、刻み込んでください。

戒律を守るのに、難しいことは必要ありません。

他の生命を、肉体的にも、精神的にも、決して傷つけない。

と、心に深く誓い、その思いを、日々新たにし、実践していくこと。

それだけで良いのです。

それが、他の生命を幸せにし、あなた自身を幸せにする、ただ一つの道なのです。


以上
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