2016年2月24日水曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.036-Dukkha-6~七種の苦 第2回~(podcastの音声から文字起こししたもの)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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前回は、七種の苦の中の最初の三つのグループ、六種類の苦、についてお話致しました。

復習致しましょう。

第一のグループ
一.隠蔽苦、パティッチャンナドゥッカ
苦を感じている当人にしかわからない苦のことです。

他人に告げない限り、他の人が知ることはできない苦です。

肉体的隠蔽苦と精神的隠蔽苦があります。
二.露呈苦、アーパッティッチャンナドゥッカ
外から、苦を感じていることが、はっきりわかる苦ですね。

他の人にも、はっきりと推察できる苦が、露呈苦です。

肉体的露呈苦と精神的露呈苦があります。

次は、第二のグループ
一.時限苦、パリヤーヤドゥッカ
現時点では、苦は生起していませんが、いつでも生起しうる可能性を内在している苦のことです。

肉体的時限苦と精神的時限苦があります。
二.現起苦、ニッパリヤーヤドゥッカ
これは、どんなタイプのものであれ、すでに生起している苦を言います。

そして最後に、第三のグループです。

私達は、一切のものを、楽か、苦か、楽でも苦でもないか、そのいずれかで感受します。

それが、結局はすべて苦であるという意味で、このグループは三つの苦で構成されています。
一.苦苦、ドゥッカドゥッカ
これは、どんなタイプのものであれ、すでに生起している苦で、現起苦と同じ意味です。
二.壊苦、ヴィパリナーマドゥッカ
この世のすべては無常であるがゆえに、現在は快く楽である現象であっても、時間が経過し、次第に条件が変化すれば、結果的に必ず苦に変化していってしまうということですね。

これを、壊苦、変化による苦、と言います。
三.そして最後に、楽でも苦でもないものとして、今回勉強する、行苦、サンカーラドゥッカ、がここに入るわけです。
つまり、行苦が七番目の苦になるわけですね。

この苦については、ドゥッカの一番最初の、三種類の苦、の解説で少しお話致しました。

行苦とは、我々の存在そのものに内在する苦、輪廻転生している限り、決して逃れることができない苦でした。

さてそれでは、行苦をより深く理解して頂くために、七種類の苦を使って、いくつかの検証をしていきたいと思います。

まず、隠蔽苦。

これは、本人は苦を感じているけれども、他人からは、それがわからないタイプの苦です。

そして、露呈苦。

これは、本人が感じている苦が、他の人からも容易に推察できるようなタイプの苦です。

つまり、私達が心と身体で実際に感じる苦は、肉体的隠蔽苦と肉体的露呈苦、そして精神的隠蔽苦と精神的露呈苦、ということになります。

外からは見えない肉体的痛み、外からも明らかにわかる肉体的痛み、外からは見えない心の苦しみ、外からも明らかにわかる心の苦しみ、ということになります。

私達が心と身体で実際に感じている苦痛は、これだけです。

これ以外にはありません。

この四つこそ、今まさに生起している苦、すなわち、現起苦という苦の内容です。

さてここで、苦がこの瞬間には生起していないとしましょう。

しかし、私達の肉体で、今後絶対に苦を感じない、と断言できる身体の部分は、どこにもありません。

また、私達の心が、今後絶対に苦しみを感じない、と断言できる心の対象は、ひとつもありません。

肉体を持っている以上、そしてその肉体をベースに、心が生起消滅を続けている以上、苦は、いつでも、どんなときでも、時限爆弾のように、突然私達を襲うのです。

肉体と心は、まさに苦の温床なのです。

これは、七種の苦で言えば、肉体的時限苦と精神的時限苦ということになります。

私達は、自らの身体に時限爆弾を抱え、心に時限爆弾を抱えて生きているのです。

肉体と心において、すでに生起している苦、現起苦、といまだ生起していない苦、時限苦、があるわけです。

そして、私達が輪廻の世界において遭遇する一切のものは、すべてこのどちらかに含まれます。

輪廻の世界には、今後決して生起しない苦というものは存在しません。

これを五蘊盛苦と言うのです。

身体も、心も、すべてが苦に他ならない、一切が皆(みな)、苦である、一切皆苦(いっさいかいく)である、と言うのです。

これが、第一の考察法です。

次にもうひとつの考察法を、ご紹介しましょう。

今度は、私達が感受するものを、肉体的痛み、精神的苦しみ、肉体的快感、精神的喜び、そして、苦でも楽でもないもの、というふうに分けてみます。

苦苦、これはすでに生起している苦で、現起苦と同じ意味です。

肉体的快感と精神的喜び、これは、壊苦、と呼ばれます。

肉体的に、あるいは精神的に、今は心地よいかもしれませんが、それが、いつまでも続くということはありません。

一切の現象は、生起消滅を繰り返しています。

縁によって生じ、縁によって消滅する、不安定な状態が続いています。

一切は無常であり、変化をその本質とし、そこには、安定も、継続も、確実性も、保証も、何も無いのです。

ひとたび生起した以上、消滅しないものは、何もありません。

今感じている快感や喜びは、いずれ必ず消えて無くなってしまいます。

そして、最初に感じた快感が大きければ大きいほど、最初に感じた喜びが大きければ大きいほど、それが消滅したときの苦しみは、耐え難いものになっていくのです。

これが、壊苦、変化による苦、と言われているものです。

生起消滅のこの性質は、苦でもなく楽でもない対象でも、同じです。

一切の現象は、生起消滅を繰り返していきます。

縁によって生じ、縁によって滅する、不安定な存在は、無常そのものであり、変化をその本質とし、そこには、安定も、継続も、確実性も、保証も、ありません。

ですから、無常なる現象には、構造的に苦の性質が内在しているのです。

すでに苦として感受している苦、苦苦、は当然のことながら、肉体的快感や精神的喜びも、結局は、壊苦、変化によって苦に変わってしまいます。

また、苦でもなく楽でもない現象も、同じように無常であり、変化していくものであり、苦をその本質としているということに変わりはありません。

このような考察を続けていくと、苦苦、壊苦、と併せて、一切が苦であるという感覚が、心の中に育まれていきます。

行苦は、最初は楽でも苦でもないものとして、分析していきます。

しかし最終的には、楽も、苦も、楽でも苦でもないものも、すべては行苦である、というふうに理解することができるようになります。

以上が、二番目の考察法です。

今回は、七種の苦を使った、二つの考察法をご紹介しました。

この二つの考察法を、どのように修行に活かしていけば良いのでしょうか?

私達の心、私達の肉体、私達の身の回りの一切のもの、それらを、一般化せず、具体的に、そのひとつひとつについて、隠蔽苦と露呈苦、現起苦と時限苦、の観点から、あるいはまた、苦苦と壊苦の観点から、深く沈思黙考し、しっかりと分析していくのです。

私達が、日々目にするもの、耳にするもの、ひとつひとつに対して、倦まずたゆまず、この分析を続けてゆくのです。

そうやって、少しずつ少しずつ、一切は苦である、という感覚を身につけていくのです。

そうすればやがて、行苦、サンカーラドゥッカ、というものをより深く理解できるようになります。

このような考察を続けていくと、輪廻の生存そのものに対する嫌悪感、倦怠感、嘔吐感、が次第に芽生えてくるでしょう。

人はそのとき、諸行無常、一切皆苦、諸法無我、という真理をかいま見ることになるのです。

この認識は、行苦、サンカーラドゥッカ、そのものなのです。

輪廻の生存の深淵に潜む、足がすくむような現実です。

私達は、このような智慧の修行を続けながら、やがて、輪廻の生存を厭う、ニッビーダーという智慧を獲得し、涅槃証悟を心から願う、ヴィラーガという智慧を身につけることができるのです。

そこに至って初めて、仏教の最終目標である、四聖諦の看破が可能になります。

涅槃証悟が、可能になるのです。

私が今回、皆さんにお話ししていることは、とても高度なことです。

仏教修行の最終ゴールである、涅槃を証悟するための、核となる智慧です。

しかし、今回の二つの検証法を、自分なりに日々実践していくことは、十分可能です。

私が申し上げた通り、七種の苦のひとつひとつを、自分の周りのひとつひとつの現象に当てはめながら、地道に考察していくということを、できる範囲でいいですから、続けていってください。

地道に、続けていってください。

決して一般化せず、ひとつひとつの固有の事象を、よく観察しながら、地道な検証を、忍耐強く、続けていってください。

そうすれば、やがてそれは、信じられないほどの大きな成果を結ぶでしょう。

皆さんが、将来実際に、涅槃の証悟を目指す修行を行うようになったとき、日々の、行苦についての考察の蓄積は、想像を絶するアドバンテージとして、皆さんの涅槃証悟を、大きく後押ししてくれることでしょう。

※ 次の原始仏教トーク-No.037-生きる技術と死ぬ技術~より善い転生を迎えるために第1回-出家修行と在家修行~は、過去に掲載済みです。ここをクリックしてください。

以上
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