2016年3月20日日曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.040-生きる技術と死ぬ技術-より善い転生を迎えるために第4回~善行によって導かれる善き転生~(podcastの音声から文字起こししたもの)

(2016-03-29追記:最後尾にNo.41以降についての見通しを追加)

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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五戒を正しく守り、善行を為し、善行を継続し、善なるカンマを蓄積していけば、今生と来世において、大きな福徳を得ることができます。

戒律を守り、善行を行っていけば、日々、心が穏やかになり平安になると言われます。

夜は深き良き眠りを得ることができる、と言われます。

また、この世において、大きな福徳と幸せを得ることができます。

物質的豊かさ、精神的豊かさ、幸せな人間関係などが、今、この人生で実現されるでしょう。

それだけではありません。

死して後は、欲天界に再生し、人間界では想像もできないほどの大きな幸せや喜びを、永遠とも言われるほどの長い期間、楽しむことができると言われています。

「生きる技術と死ぬ技術」の第四回、今回は、どのような善行の実践が、どのような善き転生をもたらすのかについて、お話ししていくことにしましょう。

仏教徒の条件は、仏法僧を奉じ、五戒を守ることです。

もし、仏法僧に対して信を持ち、五戒を正しく守り、布施を実践し、戒律を護持し、ダンマの学習や修習を行う、すなわち、十種類の福業事を実践し、その実践を継続し、その善行を蓄積させていくならば、今生において、較べることのできない福徳を得ることができ、死後もまた、四悪趣に堕ちることがない、と言われています。

亡くなった後、再び人間界に生まれてくるか、または、蓄積した福徳が大きければ、天界に転生する可能性も十分にあると言われます。

さらに、アングッタラニカーヤの三の七十、八の四十三、十の四十六など、幾つものお経で、お釈迦様は次のようにお説きになられています。

毎月二回のウポサタの日には、必ず僧院に出向き、八戒を受戒し、八戒を守り、六随念を唱え、ダンマを聞き、善行を行いなさい。

修行したりしなかったり、ということがあってはならない。

ウポサタの日には必ず、八戒を受戒し、八戒を守り、六随念を唱え、ダンマを聞き、善行を行いなさい。

命ある限り、この修行を誤り無く継続していくならば、今生で寿命が尽きた後、四天王天に生まれ、あるいは三十三天に生まれ、あるいは夜摩天に生まれ、あるいは兜率天に生まれ、あるいは化楽天に生まれ、あるいは他化自在天に生まれることができるであろう。

人間の寿命とは較べることができないほどの、長い長い天界での命を、豊かに、幸せに、楽しむことができるだろう。

どうですか?

すばらしい福音ですね。

お釈迦様の時代には、毎月、新月の日と満月の日に、比丘や在家の修行者、信者の方々が、お釈迦様のおられる僧院に集まり、特別な修行をしました。

それをウポサタと言います。

現代でも比丘は、お釈迦様の時代と同じように、毎月、新月の日と満月の日に集まり、特別の修行を行っています。

また、在家の修行者の方々は、新月の日、満月の日に加えて、上弦の半月の日と下弦の半月の日も僧院を訪れて、ウポサタの修行を行うことを常としています。

つまり一週間に一度僧院に出向いて、八戒を受戒し、八戒を守り、六随念を唱え、ダンマを聞き、善行を行うということですね。

ですから私達の僧院でも毎週日曜日、ウポサタ瞑想会を開催しています。

参加して頂いた修行者の方々に、八戒をお授けし、六随念をお唱えし、ダンマについての話を聞いて頂き、瞑想の実修その他の善行を、行って頂いています。

ウポサタ瞑想会に毎週参加し、八戒を受戒し、六随念を唱え、ダンマを聞き、善行を行う、という修行を、継続して行っていくことにより、お釈迦様が何度もお経でお説きになっている通り、死後必ずや、六欲天のひとつに再生することができるでしょう。

では次に、さらに高度な善行についてお話しします。

もし今生において、サマタ瞑想の修行に励み、四種類の色界禅あるいは四種類の無色界禅のいずれかを証悟し、さらに、どのようなときでも瞬時にその禅定に入ることができ、希望するだけの時間、禅定にとどまることができるという、いわゆる禅定自在を身につけ、死に臨んで、深い禅定に入ったまま死を迎えることができたならば、修行者は、その禅定に対応した梵天界や無色梵天界に転生することになります。

色界禅に入ったまま臨終を迎えれば、対応する梵天界に、梵天として再生します。

無色界禅に入ったまま臨終を迎えれば、対応する無色梵天界に、無色梵天として生まれます。

それでは最後に、凡夫が達しうる最高の善行と、それがもたらす転生についてお話し致します。

もし今生において、サマタ瞑想の修行を完成させ、さらに、ヴィパッサナー瞑想の準備段階の修行を行い、その最初の二つの段階を証悟すれば、とてもすばらしい転生を得ることができます。

具体的には、名色識別智(みょうしきしきべつち)という智慧を証悟し、さらに、縁摂受智(えんしょうじゅち)という智慧も証悟するということになります。

この二つの智慧を証悟し、もしそのまま修行を続けていくことができれば、今生においてシュダオン(須陀洹)を証悟し、聖者の流れに入る可能性が、大いにあります。

しかし、もし名色識別智と縁摂受智を証悟したけれどもシュダオン証悟には至らず、そのまま死を迎えたという場合、その修行者は、チューラソターパンナ、小シュダオンと呼ばれることになります。

シュダオンに準ずる非常に高いレベルに達したということで、小シュダオンと言われるわけです。

小シュダオンとして死を迎えると、どうなるでしょうか?

小シュダオンとして死を迎えると、死後、六欲天のどこかに天神として再生します。

普通、六欲天に再生すると、天界の生存の豊かさ、苦痛の無さ、快楽の多さに我を忘れ、人間界で仏教修行をしていた人でも、一時的に修行のことをすっかり忘れてしまうという傾向があります。

しかし、小シュダオンのレベルまでしっかり修行を行った修行者であれば、天界に再生しても、涅槃を証悟するという菩提心を忘れることはありません。

小シュダオンが天界に生まれ変わった場合、自分が仏教修行者であり、自分の唯一の目標は涅槃証悟である、ということを決して忘れることはありません。

涅槃証悟という目標を、最初からはっきりと自覚したまま、天界に誕生することになります。

そして、その故に、かってお釈迦様の弟子で、すでに天界において涅槃を証悟し、天界における寿命が尽きるまで、阿羅漢として、天界にそのまま滞在しているような特別な天神と、すぐに仏縁が結ばれ、その天神から直接指導を受けて、瞬く間に天界において、涅槃を証悟することができると言われています。

小シュダオンは、聖者そのものではありませんが、次の転生において、天界で聖者の流れに入る可能性が、非常に高い故に、四双八輩に準ずる境地として、多くの修行者の目標になっています。

さて今回は、どのような善行が、どのような転生をもたらしてくれるのか、についてお話致しました。

次回は、今生で為した善行を、次の善き生存へとつなげていく鍵となる、臨終時の心の対象、すなわち、臨死想(?)(りんしそう)について、お話しすることに致しましょう。

以上

2016-3-29追記:パオ森林僧院のサイトによりますと、「過去の法話やアビダンマに関して」という項目において、過去の講義は、一定の手続きを終えた登録者だけが専用WEBサイトで受講できるとあります。私の原始仏教トーク文字起こしはNo.40までとなります。

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