2016年3月4日金曜日

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク-No.38-生きる技術と死ぬ技術-より善い転生を迎えるために第2回~31層の境界~(podcastの音声から文字起こししたもの)

※ 前の原始仏教トーク-No.037-生きる技術と死ぬ技術~より善い転生を迎えるために第1回-出家修行と在家修行~は、しばらく前に掲載済みです。ここをクリックしてください。

これはpodcastの音声を聴いて文字にしたものです。誤字脱字があるかもしれません。見つけ次第訂正したいと思います。

すでに同じ音声の文字起こしをなさっている他の方がいらっしゃるかもしれませんが、無常の世の中、自然災害、事故、等なんらかの理由で、音声や文字で伝える幾つかのサイトが一度に失われてもおかしくありません。

そのような状況下でも、残っているサイトがあれば、貴重な教えを残すことができると考えて、自分も文字にしたものを掲載します。

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善く死ぬこととは、苦しみの無い、幸せな来世を得るような死に方、また、いずれ輪廻から解脱し、涅槃証悟に導かれていくような死に方を言います。

善く死ぬためには、善く生きることが必要です。

善く生きるためには、善く死ぬことが必要です。

善く生きることと、善く死ぬことは、結局、同じことなのです。

より善く生きる技術と、より善く死ぬ技術は、同じです。

善く死ぬためには、いかに善く生きるかを知り、善く生きるためには、いかに善く死ぬかを知らなければなりません。

人類は、人間世界の他に別の世界があるらしい、ということを昔から本能的によく知っていました。

幸せに溢れ、豊かで、人間界よりずっと長い寿命を楽しめる、より善い世界や、耐え難い苦しみの続く暗黒の世界があるらしいということを、本能的に気がついていました。

ですから、時代や文明や宗教を超えて、人々は一様に天国や地獄の存在を信じ、語り継いできました。

仏教の視点から見た場合、人間界の他に、このような別の境界というものが、実際にあるのでしょうか?

はい、確かにあります。

天国や地獄などどして知られる、これら人間界以外の境界は、想像上の産物ではありません。

実際に仏教修行者が、サマタ、ヴィパッサナーを本格的に修習していけば、遅かれ早かれその過程で、人間の世界以外の別の境界を、徐々に認知することになるでしょう。

そして、それらの世界を詳細に観察し、識別することができるようになっていきます。

お釈迦様は、これらの境界について、天国や地獄といった神話のレベルではなく、実に具体的で、精密な解説をなさっておられます。

人間を含め、有情が生存する境界は、一般にブーミと呼ばれています。

ブーミとは元々、地平、大地、土地という意味ですが、ここでは、境界という訳に統一してお話しすることに致しましょう。

お釈迦様の教えによりますと、有情が輪廻転生していく世界は、大きく分けて、四つに分けられます。

そのそれぞれが、さらに細かい別々のブーミに分けられているので、合計すると全部で三十一のレベルのブーミが存在するということになります。

まず、私達がいる人間界よりも下を見てみましょう。

私達の下には、ニラヤ、ティラッチャーナ、ペタ、アスラ、という四つのブーミ、境界があることが知られています。

日本語では、地獄界、畜生界、餓鬼界、修羅界、と言われているものです。

これらの境界はまとめて、四悪趣(よんあくしゅ)と呼ばれます。

四悪趣は、四つの悪い、趣味の趣という字を書くわけです。

この趣という字は、パーリ語では、ガティと言い、行き先、あるいは死後における存在の状態を意味します。

ですから四悪趣は、ドゥッカのガティ、苦しみの行き先ということで、ドゥッガティまたはアパーヤとも呼ばれています。

これら四つの境界は、苦しみが非常に大きく、寿命も不定で、非常に長くなる場合も多いと言われています。

これらの世界では、善行を行う環境が整わず、善行を行おうという心も生起しません。

したがって、善きカンマを形成するチャンスは、ほとんど無く、どうしても非常に多くの悪いカンマを作り続けてしまうという特徴があります。

そうなれば、長い寿命が尽きて、次の生存へ転生するときになっても、また再び四悪趣のどこかに生まれる危険性が、非常に大きくなってしまうのです。

お釈迦様は
一度、四悪趣に堕ちれば、そこから抜け出して人間界や天界に再生するのは、極めて困難である。
と、様々なお経で、重ねて警鐘を鳴らされています。

盲目の亀の話が、お経にあります。

太平洋のような大きな海に、牛をつなぐための軛(くびき)がプカプカ浮いている、と言うのです。

軛というのは、真ん中に牛の首にはめる丸い穴が開いている板きれのようなものです。

その軛が、大きな海にプカプカ浮いているわけです。

さて、その大きな海には、盲目の亀が住んでいて、百年に一度だけ、上に向かって泳いでいき、一瞬だけ海面に顔を出し、またすぐ潜って海中に戻っていく、と致しましょう。

お釈迦様は、お弟子さん達に質問しました。
この盲目の亀が、百年に一度だけ、顔を海面に出したとき、たまたま軛の穴から顔を出す可能性は、どのくらいあるだろうか?
すると、あるお弟子さんが答えました。
可能性がまったくゼロとは言えないでしょうが、そうなる確率は、限りなく低いと思います。
すると、お釈迦様はお答えになります。
そのとおりだ。
しかし、ひとたび四悪趣に堕ちた有情が、再び人間界に生まれ変わるのは、それより、もっとずっと難しいのである。
仏教の基本に、五戒というルールがあります。

なぜお釈迦様は、誰でも必ず五戒を守らなければならない、とお説きになられたのでしょうか?

五戒は、我々が四悪趣に堕ちるような、悪いカンマを形成しないように、私達の言葉と行為を律するために、お釈迦様が、教えてくださったものです。

ですから、四悪趣に堕ちたくないのであれば、仏教徒であろうとなかろうと、必ず五戒を守らなければなりません。

仏教の修行を始めるとき、まず五戒を正しく守りなさい、と言われるのは、そういう深いわけがあったのです。

さて次に、四悪趣の上には、何というブーミがあるのでしょうか?

四悪趣の上は、私達のいる人間界となります。

パーリ語では、マヌッサロカと言います。

その上は、天界です。

人間界の上には、俗に天国と呼ばれる、天神達が住む世界があります。

欲天界と呼ばれるこれらの世界は、実際には六層から構成されており、六欲天とも言われます。

具体的には、下から順番に、四天王天、三十三天、夜摩天(やまてん)、兜率天(とそつてん)、化楽天(けらくてん)、他化自在天(たけじざいてん)、となります。

これらの世界に生まれ変わった有情は、人間界よりもっともっと大きく増幅された、世俗的な喜び、物質的豊かさ、快楽、などを享受することができます。

人間界よりずっと豊かで、喜びも大きく、苦しみも少ない世界です。

寿命も、人間界とは比べることができないほど長いと言われています。

また、これらの世界で生まれるときは、男性は、ほぼ二十歳前後、女性は十六歳前後の、非常に美しい容姿で誕生し、死の直前まで、肉体的に老いるということがありません。

ですから、あらゆる時代、あらゆる文明において、世界中の人々が、これらの六欲天を、天国と呼んでいるわけですね。

ハッピーエンドの物語のエンディングで、よく使われる"Happily ever after."「いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。」というおとぎ話的な誤った理想や見解も、ここから生まれます。

これら六欲天の世界では、あまりにも豊かで幸せで喜びに満ちた生活が、あまりにも長く続くので、おとぎ話的な見解も仕方がないのかもしれません。

人間界で多くの善行を積み重ね、たくさんの善なるカンマを形成し蓄積していくことで、死後、六欲天に生まれることができるとされています。

六欲天の上には、さらにレベルの高い世界があります。

梵天と言われる神々が住む梵天界で、色界(しきかい)、ルーパーヴァチャラロカ、とも呼ばれています。

梵天界は広大な世界で、全部で十六層から成り立っています。

梵天界は、世俗の貪りや苦しみが無い、非常に清められた世界です。

食べ物を食べる必要も無いし、呼吸をする必要もありません。

さらに、梵天界には肉体的苦しみも精神的苦しみも、一切ありません。

ただし、梵天界も輪廻の中に組み込まれていますから、輪廻に本源的に内在している行苦、サンカーラドゥッカ、だけは感受することができます。

また、梵天の寿命は、我々人間の感覚から言えば、永遠と言ってもよいほど、非常に長いと言われています。

しかしもちろん、いつかは寿命が尽きるわけで、そうすれば自らのカンマに従って、また輪廻転生を続けていくことになってしまいます。

あるお経で、お釈迦様がある村を歩いておられるとき、農家に飼われている一頭のメス豚をご覧になり、傍らにいたアーナンダ尊者に、
この豚は、かつて梵天界に生まれた梵天であった。
しかし今は、畜生界に転生し、メス豚として生まれ変わっている。
と、お話しになっておられます。

しかしどちらにしても、梵天界は非常に高い境界であることには変わりありません。

このような高いレベルの世界に生まれ変わるには、臨終に際し、ジャーナ、禅定、に入ったまま、息を引き取る必要があります。

禅定に入ったまま死を迎えない限り、梵天界に生まれ変わることはできません。

なお、梵天界の十六層の境界の中で、最も高い五つの層は、浄居天(じょうきょてん)、スダーヴァーサ、と呼ばれます。

ここは、アナーガミー、不還果の聖者ですね、この不還果の方々だけが、生まれ変わることができる、非常に高い、特別な境界です。

梵天界のさらに上には、無色梵天界(むしきぼんてんかい)があります。

無色梵天界は、無色界、アルーパーヴァチャラロカ、とも呼ばれています。

無色梵天界は、四つのブーミによって構成されています。

ひとつ前にお話しした、梵天界に存在する梵天は、非常に微細な肉体を持っていますが、無色梵天界に存在する無色梵天は、肉体を持っていません。

無色梵天界の寿命は、梵天界よりもさらにさらに長いと言われています。

この世界に生まれ変わるには、通常の禅定よりもさらに高度で微細な、無色禅という禅定に入りながら臨終を迎えなくてはなりません。

では、今回お話しした内容をまとめてみましょう。

一番下には、地獄、畜生、餓鬼、修羅、から成る四層の四悪趣、アパーヤ、があり、その上が私達の人間界、マヌッサロカ、となります。

そして私達のすぐ上には、六層の欲天、六欲天、があるわけです。

さらにその上には、十六層の梵天界があり、その中の最上部の五層は、浄居天と呼ばれる、不還果の聖者だけが生まれ変わることができる、非常に高いレベルの境界があります。

そして、さらにその上に、肉体を持たない無色梵天が住む、無色梵天界があります。

以上、この広大なブーミ、合計三十一層の境界こそ、生きとし生ける一切の有情が終わり無く輪廻転生し続けている世界なのです。

これらの三十一層のブーミの存在を理解することによって、より善く生きること、そしてより善く死ぬことの意味を、はっきりと知ることができます。

より善く生きる技術と、より善く死ぬ技術を、正しく身につけて、決して失敗しない幸せな人生を、築いていくことができるようになるのです。

それでは、今回学んだことをベースに、次回も、生きる技術と死ぬ技術について、さらに解説を続けていくことに致しましょう。

以上
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